がんになりました

公衆衛生医が乳がん治療中に体験したこと、調べたこと、感じたこと、考えたことを記録していきます。

社会復帰

がん治療後の社会復帰は、がんが「不治の病」ではなくなった今、しばしば話題になる課題です。

前に紹介した、がん体験者の漫画家藤川るりさんの「元気になるシカ!2」も社会復帰のことが描かれています。また、国立がん研究センター・がん対策情報センターの「わたしも、がんでした。」の中のひとつのテーマになっています。

私はと言えば、収入源となっている仕事(大学)は休職せずに済みましたし、NGOの方は事務局ががんばってくれたので、ボチボチの関わりで運営を継続できました。術前化学療法が始まってから手術までの半年間の仕事量は、それまでと比較して7割程度までの落ち込みで留まっていたように思います。乳がん治療のdose dense EC療法+パクリタキセル(私は途中でドセタキセルに変更になりましたが)は、外来化学療法で可能とは言えそれなりにきつい方らしいので、ありがたいことです。

でも、NGOの活動の一環としてやっている土曜日半日の訪問診療と、他のNGOのボランティアは、昨年6月に術前化学療法がはじまってからお休みさせてもらってきました。

先日、参加していたボランティアのひとつ、野宿者の生活・医療相談会に8ヶ月ぶりに参加することができました。元々第5木曜日担当なので、当番が回ってくるのは年に数回。その数回をしんどかったり、術後だったり、熱発して何回かキャンセルさせてもらって来ましたが、久しぶりの第5木曜日に復帰です。

先週の採血で、白血球数もほぼ正常化、貧血もかなり回復していましたしね。

自転車通勤を再開した時に「日常生活が戻ってきた」感じがありましたが、休ませてもらってきたボランティアと訪問診療ができるようになって、やっと「社会復帰できた」感じがします。訪問診療復帰は連休明けからですけど。土曜日にグタグタ過ごすのに慣れてしまったので、ちょっと心配です。

(非常事態宣言下の生活・医療相談会で感じたこと、その前日にうちのNGO(BiPH)が主催して行った、日本で生活する外国人がおかれている状況についてのミーティングのことはFBで書いています。よろしければどうぞ。)

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若宮大通での「生活・医療相談会」。隣では他の団体が炊き出しをやっています。